インタビュー

ワークフロー・リノベーションはDDPから by オノセイゲン

 

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(本インタビューの一部は、プロサウンド誌8月号P156-157に掲載されています)

フル・インタビュー 

DDP – Dynamic Drive Poolの開発者、SCSIのオリジネーターのひとりで、アルディステクノロジー社のCEO ヤン・デ・ヴィット博士エクスクルーシブ・インタビュー
 
オノセイゲン(以下オノ):本誌2010年2月号にて、著名なオーディオ、ビデオエンジニアを招いて、複数のPro Tools, Fairlight, Final Cut ProとDDP – Dynamic Drive Poolで検証しました。結果は目を見張るもので、DDPはまず「時間を節約」し、経営者視点で見ると結果的に「設備費と制作費の削減」につながります。現在、日本では22台のDDP(デモ機を除く)が、テレビ、映画、ゲーム、音楽業界のワークフローの革命的なソリューションに導入されました。似たようなサーバーを、特にオーディオ用としては、見た事がありません。秘密を教えてください。
 
 
ヤン・デ・ヴィット博士(以下JdW): 私たちのバックグラウンドはとてもクリエイティブです。DDPはできる限りなくシンプルなものとして開発する事を決めました。同時に大変パワフルなものにしたいと考えました。プロデューサー、サウンドエンジニア、ミュージシャン、ディレクター、エディターといったクリエイティブな職業の方は、新しい機材を学ぶ為に時間を費やす事を望みませんね。また「サーバー」という言葉を聞くと拒否反応を示す方も居ます。それも大きなタスクでした。AVFSのイントロダクション以来このプロジェクトをスタートさせましたが、私たちはDDPを究極的なストレージソリューションとしてDDPを完成させました。
 
screenshotオノ:現在、96KHz / 96トラックレコーディングを実現できるのはDDPだけです。
私の仕事のほとんどは高解像度のDSD、8~10トラックのダイレクトレコーディングもしくはマスタリングとなっています。多くのクライアントは48トラックもしくはそれ以上のコマーシャルセッションを行うのも事実ですが、その際にもクオリティーに妥協する事はありません。クライアントの要求、つまり利便性とクオリティを考慮すると、私はDDPの選択となります。秘密はAVFSに隠されているとうことですね?
 
JdW: はい。AVFSはDDPに組み込まれた技術で最も主要な要素であり、これはArdis Virtual File Systemの頭文字を取って付けられています。このファイルシステムはNASのインテリジェンスと使いやすさとSANシステムのスピードを組み合わせたものです。
 
オノ: :どのように動作するのでしょう?
 
JdW: 想像して頂きたいのは、デスクトップ上に外部ドライブがあり、そのドライブまるでインターナルドライブのように使用できて、なおかつこの新しいドライブ間でオーディオやビデオを転送する場合に、インターナルドライブより2−3倍速い、1GbEもしくは10GbEイーサネットで接続されていることです。独自のiSCSIバージョンで動作もし、ダイレクトアタッチなのです。驚きでしょう?
 
オノ:「96KHz / 96トラックで録音したい」と言っても、誰かが「まだ安定していないが、32トラックまでならOK」といった諸事情を聞きます。仕方ないとはいえ、クリエイティブな現場で聞きたくない言い訳です。足かせないことが、プロフェッショナルの仕事環境の理想です。ですが、ほとんどのHDDには制限があります。制作やミキシング等のクリエイティブな作業をしつつも、トラックや容量の制限を気にしなければなりません。
AVFSがDDPを速くしているということですね?
 
JdW: はい。大変速いです。更に想像して頂きたいのは、同じドライブが複数のPC, MacそしてLinuxに接続する事ができなおかつ共有出来るという事です。それに追加ソフトウェアも必要ありません。
 
オノ:他の共有ストレージも同じではないのですか?
 
JdW: いいえ、それは違います。ほとんどのNASストレージソリューションはNFSもしくはSMB/CIFSといったファイルシステムを使用しており、スピードも1/2から1/3となります。ダイレクトアタッチではありません。これらは「ネットワークドライブ」と言われるものです。DDPはローカルドライブのコンセプトを用いています。MacやPC上では、DDPドライブはローカルドライブのアイコンとして見る事が出来ます。DDPの場合、ローカルドライブとの違は全てのユーザーが読み書き出来るという事です。そのためDDPはイーサネットベースのSANと呼ばれているのです。
 
オノ: 元々はPCで作成されたオーディオファイルがMac上で再生する事ができ、また逆もしかりでしたね。
 
JdW: これもAVFSだからこそ出来るのです。一つのドライブが複数のOSプラットフォームでエクストラソフトウェアや追加のセットアップの必要無しに共有出来るのです。
 
オノ: : では一体、AVFSでは1GbEケーブルを使用してオーディオトラックは何トラック再生可能なのでしょうか?
 
JdW: DDPでは一本の1GbEケーブルで約400オーディオトラック再生出来ます。1GbEを2本使用して非圧縮10Bit HDビデオを録画する事も出来ます。
 
オノ: :  1GbEケーブルを2本使う?
 
JdW: ここ3−4年、全てのMacProはイーサネットコネクションを2つもっていますし、最近のPCでも同様です。2つのコネクションをペアで使用することで帯域/スピードを2倍にできます!私たちはコレをMCS – Multiple Connections per Sessionと呼んでいます。これも全てのDDPに組み込まれている隠された技術です。制御の効かない力というものは全く意味を持ちませんので、私たちは帯域制御の機能も開発しました。この読み書きの帯域制御の機能により、データコピーの際のスピードを制限する事により、(同時に作業する)他のユーザーもより多くのビデオやオーディオトラックを再生する事が出来るのです。この機能が素晴らしいのは、ユーザーがネットワークに障害をきたす事を防ぎ、ドロップフレームを避ける事が出来るのという事です。もう一例としては、ネットワーク上で重たいレンダリングが行われる場合にも帯域制御を行うべきです。全てのDDPにはその他にも隠れた機能と技術が組み込まれています。
 
オノ: : 大変賢明で論理的ですね。まだ伺ってない特別なインストレーション等はありますか?
 
JdW: 私たちは日本をはじめ世界中で多くのインストレーションを行っています。南アフリカで行われた2010のワールドカップサッカーのライブインジェストと編集でもDDPが使用されました。今年の世界水泳でもここ最近販売されたDDPが使用されています。もしかするとプロサウンドの読者にとって最も興味のあるポイントは、Pro Tools HD3システムが20台で同時に約4000オーディオトラック!とDNxHD 145を数十ビデオストリーム再生したプロジェクトではないでしょうか。
 
オノ:おお!私は主にDSDでは8トラック、Pro Toolsでも32トラックです。100人で同時作業でも余裕ですね。
 
JdW: まあ、誰でも完璧ということではないですから。
 
(両者笑い)
 
オノ: DDPは共有ストレージソリューションとして唯一Pro Toolsを正しく扱う事ができるのか、簡単に説明して頂けますか?
 
JdW: Merging technologies, Logic, Cubase, Nuendo等は通常のファイルシステムを使用していますが、Pro Toolsでは信頼性のある独自のDAE – Digidesign Audio Engineを開発しました。
 
Pro ToolsにとってはPC/Macにおいて標準的なファイルをバイパスするDAEを持っているという事は大変重要です。Pro Toolsでは通常の標準的なコンピューターのファイルシステムを持たず、DAEがディスクに対して読み書きを行うのです。
 
従いまして、解決方法としてはDDPソフトウェア内にインターフェースを作成しDAEがDDPと正しく通信するという方法に至りました。こちらの開発には時間と労力をつぎ込みましたが、Pro Toolsや小さいクロスフェードを正確に管理出来るのは未だに私たちだけです。
 
オノ: ではどのようにして全てが始まったのでしょうか?あなたはもともとクリエイティブだとおっしっていましたが?(笑)
 
JdW: ここでは当時最初のオーディオ録音/編集機の一つを開発しました。私たちはオーディオのバックグラウンドを持ち、未だにミュージシャン/作曲家、DJとして活動をしています。
 
オノ: : 楽器の開発もされていたとか?
 
JdW: 1990年以前、私はオランダでSynclavierのディストリビューターをしていました。そしてこれらのイベントショーで現在のパートナーであるBart Thissen、当時18歳という若く賢い魔法使いのような少年に出会ったのです。そしてこの頃ある時点で、オランダのTeyler Museumでオクターブ毎に31トーンある電子オルガンを管理していたFokker-Huygens Organizationから依頼を受けました。それはHuygen principle (ホイヘンスの原理) と呼ばれていました。オランダの物理学者Huygenは17世紀に純粋な数学的階調として計算をしたのです。そしてこのオルガンは古いものであったため交換の対象となっていました。
 
彼らはSynclavierのディストリビューターである私の所へ来て、Synclavierはデジタル31トーン/オクターブのバージョンを作れないかと尋ねました。Synclavierは興味を示しませんでしたので、私とMr. Thissenは何も無い所から開発する事を決めました。私たちは何千ものTTLコンポーネントから成るプロトタイプを作り、ソフトウェアを開発しました。私たちは後に6個集積回路(IC)でインテグレートできるプロトタイプを開発しました。また私たちは良い音のパイプオルガンを所有している協会と同意書を交わしてオルガンのパイプの音をサンプルしました。最終的にFokker-Huygens Organizationにプロトタイプを見せる段階となりました。彼らは大変熱狂的でしたが、残念ながら資金を調達する事が出来ませんでした。
 
オノ: そしてどうなったのですか?. 
 
JdW: この時点で私は楽器販売のビジネスで得た資金とポップミュージシャンとしてのキャリアで得た資金を全てこのプロトタイプにつぎ込みました。
 
JdW: そして、私たちは別の資金を探し、Soundcraftミキシングデスクの創始者でありオルガン奏者としても有名なMr. Graham Blytheにコンタクトをとりました。彼はオーディオレコーダー/エディターの制作を勧めて、ユーザーインターフェースのデザインを幾つか描いてくれました。Mr. Thissenと私はAugan Instruments有限会社を立ち上げ、集積回路とソフトウェアの作成の為に資本金を増やしました。当時集積回路の開発には大変お金がかかったので(当時で300,000,000円以上)、コストを削減する為にチップデザイン会社で独自のチップをデザイン出来るように自分たちを鍛えました。最初のチップが到着し、マシーンをオペレートする為に500,000ライン以上のコードのLinuxを使用した最初のソフトウェアを開発した後、私たちはGO-OPという2in / 2outの当時最初のmagneto optical disk drive製品を製作しました。私たちはNABでブースを構えましたが、とてもタイトなスケジュールで、空港に向かうタクシーを待たせて、この製品をテストしていました。
 
最初のGO-OPとLas Vegasのホテルに着いた時に、箱を開けたとたんにノイズが発生しました。幸運にも私たちはスクリュードライバと半田を持っていましたので修理する事が出来ました。ショーが始まった時には私たちの小さなブースはすぐに多くのビジターで賑わい、それはショーが終わるまで続きました。マシーンは特定の操作でクラッシュするので、リブートをかなり必要としました。私たちのどちらかがシステムを再起動し、もう一人が動きながら説明を続けると言った事をしていました。ショーのあとにはフィリップスの人たちが私たちのブースに立ち寄り、これは特に変わったことではないという事を言いました。彼らは最初のCDプレーヤーのプロトタイプを公開した時にはカーテンの後ろにはクーラーと実物大の模型という巨大なインストレーションをしていたという事です。
 
オノ:それはいつ頃ですか?
 
JdW: 20年前です。幸運にもこの頃は巨大なスクリーンも無く、GO-OPは小さい高品質のFinluxスクリーンとそれ用のコントローラーを持っていました。
NAB後に、この製品を完成させプロダクションに持ち混み、ディストリビューションのネットワークを設定しました。私たちの会社はヨーロッパだけですが多くのシステムを販売しました。最近でもこの技術の最新バージョンはドイツとイギリスのいくつかのダビング会社で使用されています。
 
オノ: : その後は?
 
JdW: 1990年代後半フィリップスとソニーはCDに置き換わる新たな技術が市場に必要だと決定しました。その技術はDSDまたSACDとも呼ばれていました。DSDのオーディオレコーダーの市場がなく、またフィリップスはこのサイクルの一部となるレコーダーそのものを開発したかったので、AuganとDCSにアプローチをしてきました。彼らは私たちを4台のDSDオーディオレコーダーを開発する為に招待しました。そしてDCSと共に私たちはmagneto optical diskを持つSACDを4台開発しました。フィリップスはこれらをフライトケースに入れ、世界中のチームでレコーディングを行う為に出荷しました。これらは最初の使用可能なSACDレコーダーであり、当時は大変高価なものでした。
 
オノ: DAWは、楽器の歴史と発展に並走してるのが興味深いですね。SynclavierのFairlight も最初はキーボードの形をしていて、それがDAWとなり、ストレージへ。コルグなども楽器メーカーでありながら、世界一解像度の高いDSDレコーダー「MRー2000S」を商品化しました。ヤン博士は、データストレージのプロトコルを作ったオリジネーターですから、判らないことがないですね。
 
JdW: 前世紀の終わりには、私たちはもはや他のオーディオレコーダー/エディターと競合する事が出来ませんでしたので、Ardis Technologiesの名の下にLinn Audio製品やBehringerの開発作業を始めました。東京へ向かう途中の飛行機で私の隣で笑顔を提供してくれたのがLinn AudioのIan Wilsonであり、かれは日本のディストリビューターを訪問するところでした。それはとても素晴らしい偶然でした。私たちは勿論古き良き時代と将来について話し合いました。
 
オノ :それでDDPはいつ生まれたのですか?
 
JdW: 空いた時間にArdis TechnologiesはDDPの技術開発を始めました。最初にDDP製品を市場に持ち込んだのは2006年末です。そして当時Elvin Jasarevicが居たDreamtekがイギリスにおける最初のDDPディストリビューターとなったわけです。
 
オノ : 日本にはいつ紹介されたのですか?
 
JdW: 日本で最初のDDPは2010年3月に販売され、こちらのクライアントはDDP24Dを4台同時に購入しました。今日、主要なオーディオ、ビデオ会社やTVステーションのほとんどでDDPは24時間、週7日稼働しています。今後も導入が増えて行くでしょう。
 
jan_de_witオノ: DDPの次のステップは何でしょうか?
 
JdW: 2008年後半に私たちのAVFSが紹介され、DDPはビデオの共有ストレージ、そして最高解像度で最多オーディオトラックを保証された唯一のオーディオ会社の為の解決方法のベンチマークとして代表するものとなりました。私たちは既に幾つか大きなソフトウェアプロジェクト開発を遂行しておりますので注意してみていてください。(笑)
 
オノ: : Janさんのストーリーは本当に興味深かったです。全国で節電が叫ばれています。朝10時から24時までかかっていた作業もDDPを導入して同じ作業をすれば、16時に完了することも不可能ではありません。最後に付け加える事はありますか?
 
JdW: 今、私の最大の願いは福島県をはじめとした東北地方で震災の影響を受けた方々の生活の再建が良い運びに成る事です。私は全ての日本人が団結してこの大きな問題を解決する事を祈っています。全世界は偉大な日本の方々と共にあり、私たちもささやかながら財政的な貢献を行っています。多くの人が同じ事をすると願っています。
 
また個人的に全てのDDP販売代理店、三友、Too、Tac System、三木楽器、Rock oNのスタッフ関係各位のハードで素晴らしい仕事に感謝し、将来の更なる成功を心より望んでいます。
 
オノ:本日はたいへん面白い話を聞けてとてもよかったです。
今から、ヤンさんを私たちが東京で一番好きな場所にお連れします!